(4) マイクロソフトが投資している脱炭素事業とは
前回まで成熟した米国企業2社(JCIとAutodesk)が脱炭素にどう取り組んでいるかをご紹介してきました。今回は、脱炭素を狙った新しい事業機会にはどのようなものがあるかを、マイクロソフトの環境投資戦略から考えてみたいと思います。
脱炭素の方法には以下のようなタイプがあります。
■ 再生可能エネルギーへの転換(太陽光・風力・原子力・地熱など)
■ 炭素除去(火力発電や製鉄などで発生するCO2を化学的に吸着する)
■ 炭素回収(大気中のCO2を化学的・生物学的な方法で集めて固定化する)
マイクロソフト社は、2030年までにカーボンネガティブを達成すると宣言しています。ネガティブというのは、自社のビジネス活動においてCO2の排出量を差し引きゼロにするのに加え、大気中のCO2を回収することで温暖化対策に貢献しようというものです。その背景には、パリ協定で合意した1.5度以下に気温上昇を留めるためには、CO2の排出削減だけでは十分ではないという認識があります。
一つの企業や国の力では気候変動に対応することはできません。マイクロソフトは、10億ドルの「気候イノベーションファンド」を作り、その投資を通じて脱炭素ビジネスの市場を形成することで、多くの企業や個人が脱炭素に貢献できる経済の仕組みづくりを狙っています。加えて炭素回収に注目し、それを事業として行う企業から炭素クレジットを購入し支援しています。
炭素回収は技術的にもビジネスモデルとしてもほとんど実用化されていませんが、裏返せばそこにビジネスチャンスがあると言えます。すでに多くの国や企業が期限を定めて脱炭素にコミットしています。その達成期限が迫ってくるにつれ、炭素回収の需要は大きくなってくるでしょう。マイクロソフトはそこに先行投資することで、ビジネスとしても大きなリターンを狙っていると思われます。
前置きが長くなりましたが、マイクロソフトが投資している炭素回収ビジネスには以下のようなものがあります。最先端のテクノロジー(AIやWeb3など)が第一次産業(林業や農業)と結びついているところが意外に思われるかも知れません。ここでは具体的な企業の名前ではなく、参入分野について簡単にご紹介します。
森林経営支援
短期的には炭素回収の最大の打ち手は森林を増やすことです。新たな植樹および伐採を遅らせることで大気中のCO2を生物学的に吸収します。木材はそれが燃やされたり分解するまでの間はCO2を固定化します。ここでのチャレンジは、炭素回収量を科学的に推定し炭素市場で流通させることです。高精度の衛星写真をAIで解析することで森林の様子をリアルタイムで観察したり、IoTを使って森林の環境をモニタリングするなどのプロジェクトが進行中です。
土壌保全支援
土も大気中のCO2を吸収しますが、近代農業や畜産業は表土の砂漠化や流出を進めてしまいました。土中のCO2を増やすために、不耕起栽培(耕すのを少なくする)、被覆作物(カバークロップ)、改良放牧などの方法があります。ここでもテクノロジーが活躍しています。リモートセンシングなどの安価なデータ収集に加え、得られた炭素クレジットを流通させるマーケットプレースをブロックチェイン技術を使って構築するなどのスタートアップが登場しています。
バイオ炭製造
バイオマス(生物由来資源、稲わら、し尿、廃棄木材など)を無酸素加熱することで炭化させ安定したバイオ炭として炭素を保持します。バイオ炭は土壌の改良に使われたり、地中に埋めることができます。昔からある炭作り・炭利用と原理的には変わりませんが、より効率的に炭素を封じ込める技術の開発競争が起きています。
大気からの直接回収
これは最先端の技術です。大気中のCO2を化学的に吸着し地中の岩石に閉じ込めます。問題は処理に莫大なエネルギーを必要とするため、再生可能エネルギーを使わない限りトータルでの炭素回収になりません。現在アイスランドで地熱を使った小規模な事業化が行われています。日本の企業も商用化に向けて実証実験をしているようです。
これらの事例を調べていて感じるのは、脱炭素をビジネスにするには包括的なアプローチが必要になるということです。基礎的な技術向上に加え、炭素量を推定してそれをクレジットとして市場に流通させるソフトウェアの仕組みが必要です。さらに農業や林業との結びつきが深く、そこで働く人たちの所得の向上や持続可能な経済圏の設計など、多くの環境問題や社会問題と深く結びついています。
それぞれの企業や団体が得意分野を活かしつつ協力することが必要です。日本企業からのさらなる貢献を願ってやみません。