(6) 日本企業の経営者が知っておくべき脱炭素化実現のキーコンセプト
今まで世界的な脱炭素※1の流れをどうビジネスに活かすかについて事例をご紹介してきましたが、今回はいったん基礎に戻って、脱炭素を進める上で欠かせない考え方をまとめてご紹介したいと思います。
自社における具体的な脱炭素の進め方については、欧米発でさまざまな手法や整理のフレームワークが提案されていて、グローバルに活躍する日本企業もそれらに準拠することが求められています。
現在排出している炭素量を知る
まず自社の炭素排出量を世界的に標準化された手法(GHGプロトコル※2)に基づいて分類して算定します。排出は以下のように分類されています。
スコープ1 自社のオフィスや工場などから直接排出されるもの
スコープ2 自社が購買する電力の発電時に排出されるもの
スコープ3 上記以外、物流や通勤、購買した原材料の生産、自社製品の使用、最終廃棄過程で排出されるものなど
スコープ3はサプライチェーンの上流と下流にまたがるものです。例えば鉄鋼業A社が排出したスコープ1と2と3の炭素は、その鉄鋼を購入する部品メーカーB社のスコープ3の一部になり、さらに、B社のスコープ1と2と3の炭素は、完成品メーカーC社のスコープ3の一部になります。実は多くの企業ではこの部分が全体排出量の多くを占めています。これを正確に知って削減するためには、サプライヤーや顧客との連携が必須で、多くの企業が知恵を絞っています。
次に排出量を見積もるには、実測と推定の2つの方法があります。スコープ1と2ではエネルギーの使用量(重油や電力など)からかなり正確に排出量を知ることができますが、スコープ3の場合には、サプライヤーにヒアリングしたり、官公庁が発表する経済活動の標準データベース(産業連関表と呼ばれる)に基づいて購買数量(例えばアルミニウム1トンあたり)や金額(例えば出張経費1万円あたり)から排出量を推定する場合もあります。
削減目標を定める
日本企業にもよく使われている標準的な手法にはSBT(Science BasedTargets)があります。変わったネーミングですが、2015年パリ協定で合意した気温上昇を摂氏2度(推奨1.5度)以下に抑えるためにはCO2排出量を毎年2.5%(同4.2%)減らす必要があり、それに応じて各企業が5年から15年以内の削減目標をコミットするというものです。
企業が設定する目標と実績は国連などがスポンサーになっているNPO(非営利団体)であるSBTイニシアチブによってレビューされ公表されます。
SBTを調達先に求める大企業も増えています。例えばアメリカの小売業大手のWalmartでは、SBTを設定するサプライヤーに有利な取引条件を与えるなどして、サプライチェーン全体の脱炭素を狙っています。
進捗をステークホルダーに報告する
複数の報告フレームワークがありますが、多くの日本企業が採用しているものとしてはCDP※3とTCFD※4があります。この2つは相反するものではなく、企業によっては両方を採用しています。
CDPはNGO(非政府団体)です。参加企業にCO2排出に関する質問票を送りその回答をデータベース化してオンラインで公開しています。結果はA+からD-までの8段階に格付けされます。詳細なデータは投資家などが投資判断に使う他、他企業がスコープ3の排出量を知るために、サプライヤーの情報を取得するためにも使われます。
TCFDはG20金融安定理事会(FSB)の要請を受けて作られたタスクフォースです。気候変動に関する財務上のリスクや事業機会を投資家などに公開するための提言を発信しています。日本ではこれに賛同する企業が世界で最も多く、東証は2022年からプライム市場上場企業(約1800社)にTCFDに準拠した開示を義務付けています。内容は企業ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標など、経営全般に及びます。企業はTCFDに基づいて将来のリスクシナリオを作成し対応策を開示することで、グローバルな資金調達をしやすくできます。
以上のようなフレームワークは大企業にとっては周知のものかも知れませんが、いまや中堅企業にとっても生き残りに直結する経営課題になっています。経営者自身が本腰を入れて勉強し、取り組むことが求められています。
※注釈:
1)炭素という言葉は普通はカーボン(原子記号C)を指しますが、ここではCO2(二酸化炭素)を含んだGHG(グリーンハウスガス、温室効果ガス)全体を代表するものとして使っています。GHGの総排出量はCO2相当量(トン)に換算されて報告されることが多いです。
2)欧米の経済シンクタンク、政府機関、NGOなどが中心となり2011年10月に公表された温室効果ガス排出量の算定と報告の世界共通基準(https://ghgprotocol.org)
3)旧名称 Carbon Disclosure Project
4)Task Force on Climate-related Financial Disclosures