(2) ジョンソンコントロールズ(JCI)
ニューヨーク市にあるエンパイアステート・ビルディングは1930年に建築された、マンハッタンの高層建築物のさきがけです。その建物は外観はそのままに、2010年に徹底的なエネルギー効率化のリニューアルを完了しました。改装の内容は、最新の空調設備の導入、約6500枚の窓ガラスの断熱レトロフィット(ガラスはオリジナルを再利用)、電力回生エレベーターの導入などです。その結果、電気使用量とCO2排出量が約40%削減されたそうです。ビルの管理会社はカーボン・オフセット(再生可能エネルギーの購入)を使うことで、2030年には建物としてのカーボンニュートラルを達成する計画を発表しています。
エンパイアステート・ビルディングの改装をリードした企業の一つが、空調機器大手のジョンソンコントロールズ(JCI)です。JCIは130年の歴史を持つコングロマリットでしたが、2016年に自動車関連事業を売却し、近年は商業ビルの空調管理をサービスとして提供する戦略に切り替えています。2022年4月にはエンパイア・ステート・ビルディングなどの経験を基にした Empire Building Playbook を発表し、米国におけるビル効率化を牽引する企業として期待されています。
JCIは脱炭素のトレンドとコロナ危機による高機能空調への関心の高まりをビジネスチャンスにしています。
ビルのオーナーおよびテナントは脱炭素と効率化を望みますが、そのためのテクニカルなノウハウを持っていません。最安値を基準に業者を選ぶことはできますが、それでは全体最適化は困難ですし、改善効果の測定もできず、認証や補助金の取得にもつながりません。
こうしたニーズに応えるために、JCIは2020年に、Net Zero Buildings as a Service を発表しました。空調設備を売るのではなく、脱炭素とエネルギー節約をターンキーサービスとしてビルオーナーに提供します。2021年には Air Quality as a Service を発表しています。これはコロナ危機を受けて、高度なフィルターとセンサーを組み合わせて一定のレベルの清浄な空気をオフィスに送り込むことを請負います。JCIが提供する価値がハードウェアから具体的なビジネスアウトカムに転換したと言えるでしょう。
JCIはこうしたサービスを可能にするためのソフトウェア技術とソリューション開発に投資をしてきました。自社の空調設備の高度化や低コスト化と同時に、マルチベンダーの機器やセンサーをネットワークでつなぎ、データを分析しシミュレーションを可能にすることで、ビル全体のエネルギー利用状況を可視化します。
Net Zeroを達成するためには、現状分析・ベンチマーキング・目標設定・ロードマップ策定・プロジェクトマネジメント・効果測定・ユーザーサポートなどの、幅広い業務改革ノウハウが必要になります。さらに顧客の初期費用を抑えるためにファイナンシングの知見も必要になります。JCIは、クラウドサービスをマイクロソフト、融資をアポロマネジメント、IT関連コンサルテイングをアクセンチュアなどから調達することで自社のリソースを補完しているようです。
JCIの取り組みはまだ始まったばかりですが、日系企業にとって何が参考になるでしょうか。
第一に、企業の競争がハードウェアからサービスに変化しているということです。それに伴い、必要な経営資源がモノづくり能力から顧客の課題解決能力にシフトしています。そうした能力を持った人材をいち早く採用し育成する人事戦略が重要になってきます。
二つ目は、企業ビジョンを持ち発信すること。エンパイアステート・ビルディングのような話題を集めるようなプロジェクトを成功させると同時に、asa Service のような、顧客から見て説得力のある価値を訴求します。
三つ目は、グローバルなアライアンス能力です。もちろんマイクロソフトやアクセンチュアとアライアンスを組める企業はごく少数です。しかし自社で全てをまかなうことが不可能である以上、それぞれの企業が得意技を持ち寄るネットワーク作りが必要になります。米国には日本の倍以上の数の企業があります。スタートアップの数も世界最大です。もちろんその実力は千差万別ですが、それを判定する能力を養うためにも、日頃から多くの企業と話をすることが必要ではないでしょうか。