(1) 脱炭素をビジネスチャンスにする
はじめに
20世紀では、石油・石炭・天然ガスをエネルギー源として産業社会が形成されました。21世紀は、脱炭素を通じてそれが再構築されると言えるのではないでしょうか。再生可能エネルギーの生産に要する風車や太陽光パネルだけではなく、希少金属の探索やプラスティックの再利用、グリーン電力流通のためのマイクログリッドの建設と運営などの分野に、世界中の資金と人材が集まっています。
企業にとって脱炭素は二つの側面を持っています。一つ目は、公的機関による法規制や重要取引先からの要請によるもので、基本的に避けられないもの、二つ目は、脱炭素への動きを新たな事業機会として捉えるという、自分で選択できるものです。
避けられない脱炭素対応
法規制の例としては、すでに多くの先進国で炭素税が導入されています。これは企業が排出するCO2の量に応じて新たな税金を課すものです。EUはさらに、国境炭素税 (carbonborder adjustment mechanism) の導入を決めていて(2026年から施行予定)、これが施行されれば、EU圏の輸入業者は、EU域外から輸入する製品についてその生産過程におけるCO2の排出量に応じてEUメーカーと同じだけの税金を課されます。その結果、脱炭素に乗り遅れた企業はコスト競争力を失い、事業撤退を迫られる可能性もあります。
民間企業もサプライチェーンの脱炭素を進めています。自社が直接排出するCO2の削減に加えて、取引先にも脱炭素が求められています。サプライヤーは取引を継続するために炭素排出量を測定し削減しなければなりません。この動きはウォルマート、アップルやナイキなどの小売・消費者向けビジネスから始まりましたが、今は多くのB2C企業にも広がっています。
こうした規制は差別化のチャンスでもあります。例えば、1970年代に世界一厳しい自動車排ガス規制が米国で導入された時に、ホンダなど日本車メーカーがいち早く対応しその後の市場シェア拡大に貢献した歴史があります。
新たな事業機会としての脱炭素
脱炭素は社会の地殻変動を起こし、以下のような新たな事業機会を生み出しています。実際にはこれらの水面下にさらに細分化したビジネス機会が発生しています。あるシンクタンクの試算では、アメリカでは今後10年間、GDPの5%にあたる投資が必要になると言われています。
■ 再生可能エネルギー
■ 水素・燃料電池・アンモニア燃焼
■ カーボンキャプチャー
■ CO2排出モニタリング・排出権取引
■ あらゆる動力・熱供給の電化(全固体電池、EV、ヒートポンプなど)
■ 脱プラスティック
■ 分散電源・マイクログリッド
■ リユース・リサイクル
■ 農業・漁業・食品(代替肉等)・アパレル・フードロス・ごみ処理
ただし、これらを事業化するためには、多くの人材・投資と時間が必要になります。一企業だけで取り組むにはリスクが大きいため、他業種とアライアンスを組んだり、ファンドやベンチャーキャピタルなどを引き入れる必要があります。大企業からの援助を受けてビジネスチャンスを狙っている既存企業やスタートアップもあります。アマゾンは温暖化対策に向けて20億ドルのベンチャーファンドを作っています。その投資を受けた2つの企業を見てみましょう。
CMC Machinery(イタリア)
· 自動印刷・パッケージングの老舗。梱包するアイテムの大きさを、ベルトコンベヤーの上でリアルタイムに測定し、それに合わせて自動的にダンボールなどの包装材を裁断し梱包する。輸送スペースの削減と包装材の削減を狙う。
インフィニウム、Infinium(米国)
· エレクトロフューエル(e-fuel)のベンチャー。カーボンキャプチャーで回収されたCO2とグリーンエネルギーから作られた水素から、液体燃料を生産する。液体燃料は既存のトラックや航空機で使用可能。三菱重工も出資。
どちらも既存のノウハウ、新たなテクノロジー、ファンドをうまく組み合わせて脱炭素をビジネス機会にしているように見えます。こうした企業が業界のゲームチェンジャーになる可能性があります。
脱炭素は日系企業に次のようなビジネスチャンスをもたらすと思われます。
1.サプライヤーとしての規制対応・差別化・低コスト化・持続可能性の向上
2.既存ビジネスの規制対応・差別化・付加価値増加・社会的責任(CSR)
3.新たなビジネス分野の開拓
脱炭素の事業機会は特定の地域に限定されていません。経済価値の源泉は天然資源ではなく人間のノウハウです。その点では、資金力もさりながら、グローバルなネットワーク力と素早い行動力が成否を分けるでしょう。絶え間なく変化するビジネスチャンスを捉える能力は簡単に身につかず、とはいえ何もしなければ取り残されるリスクがあります。