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(14) DX事例紹介 7 - ミシュラン

今回は世界最大のタイヤメーカーであるフランス発のミシュランを取り上げます。有名なミシュランのレストランガイドは、郊外にあるレストランを紹介することで自動車需要を増やし、結果としてタイヤの需要を増やすという目的で作られたそうです。当時としては革新的なマーケティング手法だったと言えるでしょう。 

ミシュランのDXは大きく分けて2つあります。一つはタイヤをサービスとして提供すること(Tire as a service)。長距離輸送トラックのタイヤの稼働状況をミシュランの検査員がチェックし、問題が発生する前に修繕または交換します。タイヤはトラックの他のパーツに比べれば比較的安価ですが、問題が起こった時のビジネスインパクト(延着時補償など)が大きいです。また適切な空気圧を維持することにより燃料の節約にも貢献します。 

もう一つはコネクテッドソリューションです。鉱山で使われるダンプトラックのタイヤは直径が4メートル以上、重さが5トンあり、交換には8時間以上かかる場合もあるそうです。そうしたダウンタイムが許されない車両のタイヤに組み込んだセンサーを通じて、タイヤ内の圧力や温度データをコントロールルームに送信します。 

こうしたタイヤのスマート化は、高機能で高価なタイヤから始まりますが、やがて一般の乗用車にも普及していくでしょう。人間が運転している場合は、振動や音でタイヤの異常に気が付きますが、自動運転ではタイヤのセンサーがクルマの運転システムと会話をすることになります。ミシュランも自動運転ソフトウェアとコラボしてクルマのスマート化に貢献するようになるでしょう。 

ミシュランのデジタル化をリードしているのは、AppleやHPで働いた経験を持ち、タイヤ業界に特化した情報サイトを立ち上げたEric Chaniot(チーフデジタルオフィサー)です。Ericは、研究開発を主軸に製品事業部と海外子会社に自由度の高い経営をさせているミシュランのカルチャーを尊重しつつ、徐々にデジタルDNAを浸透させていくアプローチを取ります。「付け焼き刃ではないDXには時間がかかる、DXの95%は人々の意識改革だ」と彼は語っています 。

成熟した産業におけるDXの導入事例としてミシュランの次のような点が参考になると思います。

■ DX戦略自体で差別化を図ろうとしない。最初はコンサルタントを雇いDX戦略を作らせたが、すぐやめた。ミシュランも競合も考えていることに大きな違いはない。差別化は実行力にある、との判断。

■ デジタルチーム発足後、6週間程度で目に見える価値を届けられる複数のミニプロジェクトを成功させ、社内での信頼を勝ちとった。

■ 経営幹部から構成されるデジタルアドバイザリーボードを作り、チームに対する幹部の支持を取り付けた。

■ 当初のデジタルチームは6人で、Eric以外はすべて社内に影響力を持つミシェランのベテラン社員にした。その下は外部から採用したデジタル専門家を中心にした。4年で600人にまで増やし、テクノロジーの外部依存から脱却した。

■ デジタルDNAの拠点として「デジタルファクトリー」を各地域に設置し啓蒙を図った。

■ 今までに9000人の社員が社内向けDXトレーニングを完了した。 

ミシュランにおいてデジタルチームはあくまでも事業のサポート役であり、デジタル的な考え方を紹介したり基盤を整備することで、事業側がそのメリットを自覚し、プロダクト中心から顧客中心の発想転換を図ることを支援する、という考え方を持っているようです。