(1) なぜ今デジタルトランスフォーメーションなのか
DXが注目を浴びている理由には大きく以下のようなものがあります。
1つ目はAI、クラウド、自動化技術に代表されるようなデジタル技術の進歩です。現在の仕事の80%が今後20年以内に機械によって代替されるという予測もあります。これには単純労働だけではなく、弁護士や財務アナリスト、営業、カスタマーサービスのようなホワイトカラー職も含まれます。一方で、ビッグデータ分析やサイバー空間でのエンターテイメントへの需要が高まり、新しい職業が次々と生まれています。将来を予測することはますます困難になり、他社に先駆けて新しい商機を発見しキャプチャーする収益モデルを作る機敏性(アジリティ)を持つことが企業の成長と持続に欠かせなくなっています。
2つ目は環境問題に起因する産業構造の大きな変化です。一例を上げると、カリフォルニアでは2035年に内燃機関(ガソリンエンジン)を持つ新車の販売を禁止すると発表して話題になりました。日本政府も同様の目標を掲げています。日本経済にとって、自動車産業は出荷額ベースで全製造業の20%を占める基幹産業です。電気自動車では部品点数がいままでの半分程度になり、参入障壁が下がります。競争が激化し、多くのメーカーやサプライヤーが他の業態への転換を余儀なくされる可能性があります。さらに自動運転が普及すると、消費者にとっての価値が「クルマの所有」から「移動の利便性」にシフトし、自動タクシー、カーシェアリング、自動宅配、公共交通機関との連携などのような新しいビジネスチャンスが期待されます。
3つ目は新型コロナウィルスの影響です。否応なしにビジネスの起きる場所がサイバー空間へとシフトしています。以前であれば、まずミーティングをしてあるいは店舗に訪れて商品を見て、という顧客獲得の流れが一般的でしたが、それを置換する形でサイバー空間の利用が一気に進んでいます。社内業務でも在宅勤務=Work from Home (WFH)が当たり前のものになり、ホワイトカラーのほとんどの仕事はオンラインでもできることが実証されました。パンデミックが収束した後でもこうした仕事の仕方は定着するだろうとUSJPは見ています。
このような変化にうまく対応して成功している企業もあります。コロナによるロックダウンで11月末までに全米の11万店舗のレストランが閉店したと言われている一方で、マクドナルドは3Dストラテジー(デジタル、デリバリー、ドライブスルー)を掲げて成長しています。スターバックスも都市の大型店舗から郊外の小規模なドライブスルー店舗への置換を進め、総店舗数を増やす計画を発表しています。どちらも洗練されたモバイルアプリを活用し、顧客のロイヤリティを高めています。
メディアでのDX成功例としてよく挙げられるのがニューヨーク・タイムズです。紙の新聞の発行部数と広告収入が減少する中で、5年前からデジタル化を積極的に進め、オンラインサブスクリプションを5年で倍増させました。圧倒的なビジュアル、低価格での購読キャンペーン、ミレニアル層をターゲットとしたコンテンツ、モバイル対応、レシピ集、ポッドキャストなどで世界中に読者を広げています。
幸いなことにデジタル化はいろいろなツールの組み合わせで実現することができます。クラウドが普及したおかげで、基幹システム入れ替えのような大規模な初期投資を必要としません。その代わり、絶えずビジネスモデルを見直し組織の新陳代謝を図っていくような、断続的変化を受け入れる経営者の心構えが必要です。もちろん新しい試みは簡単には行きませんが、重要なのはまず試行錯誤を始めることではないでしょうか。次回からはDXの実践アイデアについてご紹介します。