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(9) 再生可能エネルギーで飛躍を狙う米国

今最近日本でもムーンショットという言葉を耳にするようになりました。文字通り月を狙ってロケットを飛ばすという意味で、アメリカのアポロ計画の頃から使われているようです。それが転じて極めて野心的でハイリスク・ハイリターンのプロジェクトを指すようになりました。日本の政府も日本版ムーンショット計画を発表していますが、内容は極めて抽象的かつ空想的でどちらかというと「実現できたらいいな」という夢を描いているように思えます。

米国のエネルギー庁はムーンショットをひねって「アースショット」プログラムを発表しています。月を狙うのもいいけれど、実際に地球で起こっている気象変動を解決しないとアメリカだけではなく人類全体が立ち行かなくなる、そのために野心的な目標を掲げて政府と民間の力を結集しようではないか、という意気込みだと思います。アメリカの政治は左右の分断が進み、大統領選の行方によっては民主党下で掲げられた環境保護などの政策が逆転する可能性もあります。しかしながら、エネルギー問題は単純に政党の対立に帰するものではありません。例えば共和党が強いテキサスは全米最大の化石燃料の集積地であるとともに最大の風力発電能力を持っています。豊富な天然ガスを使って水素を作ったり、空気中の二酸化炭素を吸着させる技術にも多くの投資が行われています。経済発展と雇用の創出という点で、再生可能エネルギーはすでに理念ではなくリアルなビジネスになっています。この点でアースショットは「夢」ではなく多くの経営者にとって無視できないものになっていると思います。

アースショットの内容を簡単にご紹介します。ここで掲げているコスト削減ターゲットは、再生可能エネルギーのコストを現在の化石燃料と同等あるいはそれ以下にするために設定されています。

水素ショット:クリーン水素の生産コストを1キログラムあたり1ドル以下にする

エネルギー貯蔵ショット:長時間(10から100時間)エネルギーを貯蔵する仕組みを現在の10分の1のコストで可能にする

二酸化炭素除去ショット:大気中の二酸化炭素を吸収して貯蔵する技術の開発と低コスト化(1トンあたり$100ドル以下)

拡張地熱ショット:EGS(拡張地熱システム)を商業利用可能にし、発電コストを$45ドル/メガワット時以下に削減

浮体型風力ショット:洋上浮体型風力発電のコストを70%以上削減

連邦政府は史上最大規模のインフラ投資法(IIJA)とインフレ抑制法(IRA)を通じてこれらのイニシアティブを支援しています。

この中でも拡張地熱ショットは実現すれば核融合が実現するまでに(いつになるか分かりません)人類にとってクリーンで安定したエネルギー源になる可能性を秘めています。簡単に解説します。

地熱は古くから利用されていますが、その短所は利用できる場所が限られている点です。比較的浅い(数キロメートル)に熱源となるマグマと蒸気を発生する水源がある場所は、リングオブファイヤーと呼ばれる環太平洋の一部(日本、カリフォルニア、フィリピン、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランドなど)と大西洋北部(アイスランド)、東アフリカ大地溝帯(エチオピア、ケニアなど)です。拡張地熱システムEGSは、例えばアメリカの東海岸や中西部など、それまで地熱の利用ができなかった場所でも水圧で地下の岩盤を砕き、強制的に水を送り込んで蒸気を得る仕組みです。これが実現するとほとんどの場所で地熱発電が可能になります。さらに先進地熱システムAGSという技術も検討されており、これは高深度の地中に伸ばしたパイプに液体を循環させ熱を取り出します。地熱発電の最大の利点は電力の安定供給が可能なことです。こうした技術が確立すれば、地熱発電所を中心に製造業やデータセンターやグリーン水素などの産業が集積する地域分散型エネルギー利用が普及するでしょう。

アースショットで得られるかも知れない新テクノロジーはアメリカのエネルギーの安定供給に寄与するだけではなく、海外向けの輸出ビジネスとしても利用可能になります。米国政府の支援先は米国企業が主ですが、米国企業とのコンソーシアムに参加することで日本企業が米国政府の支援プログラムの恩恵を受けることも可能です。日本企業もこうしたプログラムに参加することで新たな成長分野を見出すことができるのではないでしょうか。