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(30) 米国の製造業回帰をビジネスチャンスにするには

前回まで米国企業の高コスト地域から低コスト地域への拠点移動のトレンドについて解説しました。カリフォルニアやニューヨークなどにおける高賃金・加熱する人材獲得競争・煩瑣な法規制を嫌って、テキサスやフロリダなどのビジネスフレンドリーな地域への移転がブームになっています。コストは重要な判断材料ですが、オフィスの移転・統合による組織シナジーや人材活性化はより長期的なインパクトを持ってることをお伝えしました。もう一つ米国での企業の長期的戦略を考える時に欠かせないのが最近の製造業の米国回帰ブームです。

その背景を振り返ってみましょう。21世紀初頭には中国がWTOに加盟し、世界がシングルマーケット化するような期待が生まれました。資本主義・自由主義の未来を楽観視するようなトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」やフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」がベストセラーになりました。米国を始めとする先進国では国外に業務をシフトするオフショアリングがトレンドになりました。世界を高コスト地域と低コスト地域に分け、製品企画やデザインなどの頭脳労働は高コスト地域、製造は低コスト地域に任せる「グローバル最適化」が重要な戦略になり、日本企業もそれに続きました。一時アップル社の製品には “Designed by Apple in California, assembled in China” という文言が誇らしげに印刷されていたことを記憶している人も多いと思います。しかしながら産業の国内空洞化が進んだために国民間の格差が広がり、クリントン、オバマの自由主義に反対する人々が2016年にトランプを大統領に押し上げました。トランプの保護主義的政策には批判も多いようですが、製造業を再びアメリカ国内へというポリシーはバイデン政権に引き継がれ、連邦政府や州政府が新規投資をする企業に多くのインセンティブを提供しています。コロナパンデミックで明らかになったグローバルサプライチェーンの持つ脆弱性と米中の政治的対立もこの傾向を後押ししています。

米国で事業をする日本企業はこのトレンドをどう考えたらいいのでしょうか。単純に米国でモノづくりをすればいいのでしょうか。

まず20世紀と21世紀では求められる製造業の性質が変わっていることに注意が必要です。20世紀では製造業の競争優位は規格品を高品質・低コストで生産することでした。21世紀では顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)を提供することに競争の場がシフトしています。これは顧客と直接向き合うB2Cでは当然ですが、B2Bにおいても顧客企業の問題解決に貢献するという形で現れています。製品のスペックは顧客にとって問題解決の一部分に過ぎないという頭の切り替えが必要でしょう。

また製造業であればなんでも国内回帰できるわけではありません。米国が国策として望んでいて企業を優遇するのは半導体などの高度なテクノロジーとEVなどの脱炭素ソリューションです。ただし、それらのテクノロジーを持つ製造業でなくても、それらを持っている製造業の問題解決に貢献できる企業には事業機会があるでしょう。最新の半導体やEV関連の技術は未知の分野でかつ各国の政治的な思惑も絡み、ハイリスク・ハイリターンです。伝統的な日本企業にとっては資金調達やプロジェクト管理の点で既存のやり方との訣別を迫るものでしょう。

次に製造業にもデジタルトランスフォーメーションが求められています。Industry 4.0という言葉がしばらく前に日本でも流行しましたが、デジタル技術を使ってモノづくりを革新するという試みは世界中で継続しています。今はAIをどう活用するかに注目が集まっています。米国における新たな生産拠点づくりは最新のデジタル技術を活かすチャンスでもあるでしょう。また米国で生き残るためにはコスト以外での価値創造が必要になります。それは新製品投入のスピードであったり顧客の成功に連動した値付けであるかも知れません。それらを追求すると目先のテクノロジーだけではなく、今までにないレベルで米国人タレントの獲得と育成を視野に入れることが必要になるかも知れません。

最後に大きなトレンドとして保護主義の台頭とブロック経済圏の形成があります。フリードマンやフクヤマの期待に反し、今の国際政治は反自由主義・自国優先にシフトしているようです。この傾向がどこまで続くかはわかりませんが、日本企業は加熱する米国と中国の対立に巻き込まれて難しいかじ取りを迫られています。当然ながら半導体テクノロジーや脱炭素はどの国も誘致を狙っています。ある政府のインセンティブを利用するということは政府による規制を受け入れることにもつながります。技術力と同時に法的対応力や外交力の強化も欠かせないでしょう。また保護主義はサプライチェーンの見直しにもつながります。製造拠点に加えて重要な調達品の供給元についても関税や法規制を考慮し、普段から代替案を用意しておくことが必要になるかも知れません。

以上は一般的な検討事項で、経営者にとっては数ある判断材料の一部に過ぎません。取引先からの要請や既存製造設備の老朽化や人材不足など、企業固有の事情を鑑みて総合的な判断が必要です。米国でのモノづくりは世界中の企業にビジネスの抜本的な見直しを迫るインパクトを持っています。この新しい成長の機会にチャレンジする日本企業の活躍を期待しています。