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(29) 米国内で本社機能を移転した日本企業の例

A社の背景

A社は大手日本企業の米国現地法人です。電子部品・機器の開発、製造、販売、サービスを行っており、約200名の従業員を雇用しています。企画、営業、業務、経理、IT、人事を含むコーポレート機能はかつてカリフォルニア州にありました。製造、物流、開発、サービスの拠点はイリノイ州、オハイオ州、オレゴン州にあります。

移転の概要

A社はコーポレート機能をカリフォルニア州からイリノイ州に移転しました。製造やサービスの他拠点には大きな変更はありませんでした。米国社員約200名のうち、約40名がコーポレート機能に従事していました。そのうち、営業や業務の約25名はすでにリモート勤務をしており、移転後も引き続きリモート勤務を続けました。

残りの約15名のコーポレート社員のうち、2名はパートタイム契約社員として勤務を続けましたが、他の社員は退社しました。退社した社員の仕事のうち、経理およびITの約半分は外部業者に委託され、残りの仕事はイリノイ州で新たに採用した7名の社員が担当しています。

移転の背景と目的

この移転の主な目的は、運営コストの削減、将来性のある人材の確保、そして組織の活性化でした。コーポレート機能があった旧所在地は、人件費、不動産費用、法人税などが全米でもトップクラスの高コスト地域でした。市場水準の高い報酬を支払っていたため、離職率は低かったものの、社員の多くが長期勤続者で、新しいことに挑戦する意欲が低く、生産性が低下していました。

プロセスとスケジュール

本社機能を低コスト地域に移転するアイデアは10年前からありましたが、コロナ禍によるリモート勤務の普及と本社事務所のリース満了により具体化しました。イリノイ州の候補地の労働市場、給与、不動産コスト、税金、法律、移転費用やリスクなどを詳細に分析し、正式な移転計画を策定して本社の承認を得ました。その後、約12ヶ月かけて詳細を詰め、社員に移転を公表しました。公表から6ヶ月後に旧事務所を閉鎖し、イリノイ州に新たな事務所を開設、新規採用を開始しました。さらに6ヶ月後には新規採用と知識移転を完了しました。

推進体制

CEO(駐在員)、CFO/CAO(現地採用)、GC(現地採用)がコンサルタントと外部弁護士の支援を受けながら、現状分析、新組織デザイン、移転計画、コミュニケーション戦略を策定・実行しました。特筆すべきは、CFO/CAOが移転の対象者でありながら、会社と社員にとって公平な形での移転実現に尽力した点です。

社員の処遇

A社は一般社員に対して移転を公表し、移転費用補助などを含む移転パッケージを提示しました。オフィス勤務をする15名の社員のうち、13名が退社を選択しました。2名は会社特有の業務に精通しており、リタイヤ間近でもあったため、パートタイムの契約社員としてリモート勤務を継続しています。

退社した社員の多くは、ライフスタイルの嗜好や家庭の事情で移転を望まず、地元で別の就職先があったため退社を選びました。退社者には、知識移転完了まで(3~6か月)継続勤務することを条件に、通常の退職金に加え、約2か月分の特別退職金が支払われました。

移転費用

最大の費用は人材関連費で、退職金、特別退職金、知識移転期間中の二重支払い、新規採用の人材紹介料などが含まれます。既存施設を流用したため、不動産、IT設備、事務所施設などの費用は小規模に抑えられました。他にコンサルタント料や弁護士費用も発生しました。

結果と効果

新規採用社員の人件費は前任者比で20~40%低く、外注した業務の費用は半分以下になりました。CEOの最大の懸念であった知識移転も、十分な準備期間とコンサルタントの支援を受けて情報を文書化することで、比較的スムーズに進行しました。新しい社員の持つノウハウにより、一部の業務は以前より効率化されました。CEOは、運営費削減、人材獲得、組織の活性化という目的を十分に達成できたと考えています。このプロジェクトはコーポレート部門限定の小規模な移転でしたが、準備から完了までに約2年を要しました。

成功要因

十分な情報収集と詳細な計画策定、市場水準の雇用条件設定、社員との綿密なコミュニケーション、クラウド化されたIT環境、リモート勤務の定着、現地リーダーの全面協力、そしてCEOのリスク許容のスタンスなどが主な成功要因と考えられます。