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(28) 高コスト州から脱出する米国企業

最近オラクル、HPE(ヒューレットパッカードエンタープライズ)、テスラなどハイテク企業の本社移転が話題になっています。いずれも創業の地であるカリフォルニア州からテキサス州に移動しました。ハイテク以外ではキャタピラーがイリノイ州からテキサス州アービング、商業不動産大手のCBREがロサンゼルスからダラスに本社を移転しています。ただしこれらの企業はまったく新しい場所に本社を作ったのではなく、すでに持っている拠点あるいはその近くに本社機能を集約する一方で、旧拠点は廃止せずに別の目的で利用することでリスク回避・事業継続を図っていることに注意が必要です。

本社移転の一番の理由はコスト削減(人件費削減および節税)、人材採用、規制対応と言われています。ニューヨーク州やカリフォルニア州ではここ数十年で住宅費が高騰し賃金が上昇しました。さらに限られた人材の奪い合いが発生して一部の大企業以外では採用が困難になりました。CBREの調査によれば、過去5年における転出元のトップはカリフォルニア州のシリコンバレー(サンフランシスコ・サンノゼ)、ロサンゼルス・アーバイン、ニューヨーク市で、転入先のトップは、テキサス州のオースティン、ダラス、ヒューストンです。他の州ではフロリダ州やアリゾナ州が人気なようです。業種ではハイテク、製造業、金融がトップ3でした。

移転に踏み切る企業が近年増えた理由としては、コロナ禍の影響が考えられます。まずリモートワークが普及し勤務形態の常識が大きく変わりました。コロナ以前では本社を移転することは、会社と一緒に転居することを望まない人たちを全員解雇し、移転先で新たな人材を採用することを意味しました。テスラのような新興企業であれば負荷はそれほどではないかも知れませんが、歴史があって地元に愛着のある企業にとっては大変な作業です。しかし本社を移転してもリモート勤務が可能であれば、その障壁は下がります。同時にカリフォルニア州などの住宅費の高騰は、会社と一緒に低コスト地域に転居することを望む従業員を増やしています。次にリモートやハイブリッドワークに対応するためにオフィススペースの要件が変わりました。床面積が少なくて済む一方で、ビデオ会議が快適にできる環境が必要になります。そのためオフィスの契約更新をきっかけに移転を考える企業もあります。さらに郊外に分散したオフィスを整理統合することでコスト削減と生産性向上を狙うこともできます。

受け入れる側の州や市も税のクレジットや雇用創出に対する報奨金などさまざまなインセンティブを用意して企業を誘致しようとしています。連邦政府の製造業支援や再生可能エネルギー向け投資、米中対立による製造業のオンショア回帰などのトレンドも追い風になっています。

日系企業も例外ではありません。コロナ以前ですが、日産、トヨタ、ヤマハモーターなどはカリフォルニアからテネシー、テキサス、ジョージアにそれぞれ本社を移転しています。日本企業は伝統的に本社をニューヨークやカリフォルニアに置き、工場を低コストの中西部・南部に置くというパターンがありますが、本社をすでになじみのある工場近くに移動するケースがあります。

ただし本社移転には注意も必要です。人気の移転先ではすでに場所や人材を巡る競争が過熱しています。もしコスト削減だけを狙うのであれば、リモートワークやオフショアも選択肢になるでしょう。コスト以外のメリット、例えば新しいマーケットの開拓、新しい人材の獲得、事業の整理やアウトソースを含む業務プロセスの改善、社内システムのクラウド化、なども視野に入れて検討することをおすすめします。移転を単なるコスト削減ではなく成長ビジョン実現のためのワンステップと位置付けることで、社員のやる気を引き出し、新しい人材を引き付けることも可能でしょう。本社移転はリスクを伴いますが企業カルチャーを活性化するチャンスではないでしょうか。