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(25) DXとAI ERPシステムの進化と日系企業の選択肢 その3

(3)日本企業の米国子会社におけるERP活用

前回まで、米国においてERPが多くの企業に受容され米国企業の競争優位に貢献してきたこと、一方で日本企業が経験してきた課題や解決の方向性についてお話しました。今回は、日本企業の米国子会社の立場からERPをどう活用できるか考えてみます。

どのような場合にERPの導入・刷新が必要なのか

手作りのシステムあるいはERPを最後に更新してから10年以上が経過している場合は、情報システムが企業のボトルネックになっている可能性が高いと言えるでしょう。情報技術は人類が今までに生み出した技術の中で最も進化のスピードが速い技術です。iPhoneが発表されたのが2006年、それに前後してクラウドコンピューティングとソーシャルメディアが商業化されました。これによってそれまで自社内での業務の最適化を目的にしていた情報システムの役割が大きく拡大しました。具体的には、インターネットを介した会社間取引(EC)、モバイルデバイス連携、直販(Direct to Consumer, D2C)が普及しました。一方で外部とつながることで新たな情報セキュリティ上の脅威にも晒されています。基幹業務を支えるERPはどちらかというと「守り」のシステムとして設計されていますが、10年前のERPがアップグレードせずに継続使用されていたら、他社との競合において大きなハンディキャップを背負っているかもしれません。

どのようなオプションがあるのか

1.本社がグローバルなERP刷新の計画を持っている場合

この場合のよくある問題は、本社がリードするシステム設計チームに子会社側の業務要件が十分に伝わらない、または伝わってもグループ全体に最適のシステムを設計する段階で、一部の子会社のみに特定の要件に対応することができないことです。もしグローバルERPで拾いきれない要件、たとえば米国独自の商慣習や周辺システムとの連携がある場合は、子会社側でERP拡張機能(アドオン)を作るか、別の市販システムを追加導入することで対応する必要があります。グローバルシステムの構想段階から本社とコミュニケーションを図り、米国のビジネストレンドや業務要件を共有しておくことが理想的ですが、いずれかにリソースが不足している場合は難しいでしょう。子会社が主体的に自社の要件を定義し、グローバルシステムとのギャップを明確にし、対策を講じることが必要かもしれません。

2.子会社が独自にERPを選択できる場合

SAP S/4 HANAやオラクルERPのような大型ERPを導入して十分な投資対効果を期待できる企業は、事業生産性や作業効率を上げること(設備稼働率の向上、間接費の削減など)が見込める従業員数千人以上の大企業に限られるでしょう。こうした大型ERPは機能が豊富にある分、設計や構築が複雑で予算内で導入プロジェクトを完了できない可能性も高くなります。導入する場合は同様なプロジェクトの実行経験が豊富なチームを編成し、十分な時間と予算を用意することが必要です。

大企業以外では比較的新しいクラウドベースのERPが有力な候補になるでしょう。Oracle Netsuite、Dynamics 365、SAP Business One、Sage Intacct、Acumatica などが代表的ですが、他にも業種や機能によって多くの選択肢があります。これらのシステムの機能は大型ERPより限られますが、米国子会社の必要機能のほとんどをカバーしている可能性が高いです。

新システムを白紙から選ぶ場合にはERP選定自体を独立したプロジェクトとすることをおすすめします。そのメリットは、使い勝手の良さを重視するユーザー要件と中長期的なROIを重視するマネジメント要件のバランスを取れること、ベンダーの営業トークではなく客観的に定義されるシステム要件に基づいてシステムを選定できること、不利な価格や条件でベンダーと契約してしまうことを防げること、などが挙げられます。選定プロジェクトに準備すべき期間は3から6か月程度です。社内にERP選定の経験者がいない場合、社外からベンダーとは中立的なアドバイザーを活用することが一般的です。

導入においてどのような注意点があるか

ERP導入についてはすでに多くのベストプラクティスが知られていますが、多くの事業責任者にとっては初めての経験になるでしょう。過去に経験したことのある人でもその時と今では状況が大きく変わっているかもしれません。ここで全てのベストプラクティスを紹介することはできませんが、特に重要と思われる4点を掲げます。

  • 余裕のある予算と計画を用意する、特に稼働後のフォローアップのフェーズに手厚く
  • 経営トップ自らが必要性を説いて回り、懐疑派・反対派を説得する
  • 現在の業務プロセスを自動化するのではなく、各プロセスの本当の目的を達成することをゴールとする
  • プロジェクトメンバーの時間を確保し、適切なインセンティブを与える

ERP導入は全社的プロジェクトのため、成功すれば社内の結束を高める効果があります。一方で失敗した場合の影響も大きいので、経営者が最重要プロジェクトの一つとして積極的に参画することが必要です。したがって経営が比較的安定していて、今後の飛躍のための仕込みができる期間に取り組むのが理想的でしょう。

どのような成果を期待できるか

前述しましたが、相当な大企業でない限り、原価や費用の削減でERP投資を回収することは難しいでしょう。一般的な米国子会社にとってのERPのベネフィットは、業務効率を競合他社より高めること、具体的には、サプライチェーンなど経営情報の可視化、Order to Cash, Procure to Pay などのサイクルタイムの短縮、ノンコア業務の外注化などがあります。そして、これらを実現できると従業員は定型作業のかわりに、顧客サービスや業務改善など付加価値の高い仕事に時間を使うことが可能になります。また、業務が標準化されデータが整備されるとAIやデータサイエンスなどの最新の経営手法を活用しやすくなります。つまり、ERPへの投資はビジネスの将来性に賭ける投資とも言えます。

日本企業はアメリカというアウェイで日々ローカル企業や他の外国企業と戦っています。そこで意欲ある人材を惹きつけて最大の効果を発揮してもらうためには、経営者のビジョンと投資意欲が欠かせないと思います。ERP導入・刷新はそれを発信する一つの材料になり得るのではないでしょうか。