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(24) DXとAI ERPシステムの進化と日系企業の選択肢 その2

(2)日本企業によく見られるERPの課題と解決の方向性

前回は米国においてERPが多くの企業に受容され、米国企業の競争優位に貢献してきたことをお話しました。今回は日本企業とERPについて考えます。

西暦2000年を迎えることでコンピューターに不都合が起こるという「2000年問題」と日本企業のグローバル化に対応するために、日本でも90年代後半から大企業を中心にERP導入が進みました。しかし、長年にわたり自社独特の業務プロセスを構築してきた日本企業にとって、欧米の標準的な業務プロセスを支援することを前提に開発されたERPシステムの導入は簡単ではなかったようです。USJPの経験では、同じ規模のERPプロジェクトを行った場合、日本企業では米国企業の2-3倍またはそれ以上の時間とコストがかかっていました。それでも、日本企業のERPは過度のカスタマイズなど、ERPの設計思想から見ると必ずしも最適とは言えないシステム構成になっている場合があります。

多国籍企業におけるERP利用状況を簡単にパターン化すると次のようになります。
単一メーカーのERPで全世界の大半の業務を遂行(=米国流)
経理と一部の共通機能は本社が選定したERPを使い、他の業務システムは各拠点が選定する市販ソフトと手作り(=日本流)
本格的なERPは使用せずに拠点ごと、業務ごとに市販ソフトと手作りを使い分け

日本企業の場合パターン1はほとんどありません。大企業の多くはパターン2、中小企業はパターン3が主流でしょう。その最大の理由は、経理業務を除くと企業間で業務プロセスが標準化されておらず、またその部分に競争優位性があると考える経営陣が多数派を占めるからだと思われます。実際に日本企業が誇る高品質と手厚いサービスは現場の創意工夫と献身に支えられていて、それはお仕着せのERPでは実現不可能かも知れません。一方で、日本企業の現場力の強さはマネジメント(ガバナンス)プロセスの弱さにもつながります。経験の豊富な社員や出入り業者がうまく機能している場合、マネジメントのオーバーヘッドは最小で済みます。その代わり不正の検知や対処が後手に回るリスクがあります。また暗黙知が多く新しい人材が定着するのに時間がかかったり、環境の変化に対する対応のスピードも遅くなります。米国企業は現場の工夫や経験に頼るよりも、誰でも間違いなくできる業務プロセスを作ることを優先します。日米のどちらのやり方がいいというのではなく、どちらも置かれた環境に適応して進化してきたのだと考えられます。しかしながら、それらが違う環境(海外)においても競争力の源泉になるかについては吟味が必要でしょう。

米国企業の場合、海外子会社は本社のERPを使う場合(パターン1)が多いです。大企業であれば最初からグローバルで利用できるようにERPを導入し、シェアードサービス(グローバルビジネスサービスと呼ばれることもあります)化することを狙うでしょう。

日本企業の海外子会社はどうでしょうか。多くの場合は本社が選定したERPを部分的に使用したグローバルシステムの導入(パターン2)を求められます。グローバルシステムがサポートする業務の範囲は事業内容や本社のERP導入の経験レベルなどにより異なり、経理のみが対象の場合もあれば、サプライチェーン機能の大半を含む場合もあります。しかし、海外子会社の全業務をカバーすることは稀であり、グローバルシステムがサポートしない業務は子会社独自でシステムを導入することになります。パターン2の問題点はERPの特長の一つである業務間の自動連係が失われてしまい、子会社がERPの恩恵を享受しにくくなることです。

また、本社にグローバルシステムを維持管理するためのリソースがなく、代案として連結決算管理システムや需要予測システムのみを用意し、海外子会社にこれらのシステムに月次や週次でデータを送信することのみを求める(パターン3)企業も多くあります。この場合、海外子会社は独自に自社ニーズにマッチしたERPシステムを導入することができますが、充分な予算や人材を充当できない場合は、従業員のポテンシャルを引き出せない、意欲ある社員を採用・維持できない、システム保守が属人化し高コスト化する、などの弊害が発生します。

さらにこれはチャレンジでもあり機会でもありますが、企業の選択肢は増える一方です。SAPやオラクルのような老舗ERPは機能を拡張し、行政サービス(政府)、病院、銀行、農業のような今まで手作りでしか対応できなかった業務アプリケーションがパッケージとして調達できるようになっています。また特定の業務、例えば顧客管理、コールセンター、保守サービス、タレントマネジメントなどに特化した市販ソフトウェアも充実し、既存のERPと連携できるようになっています。手作りシステムに関しても最近ではコーディング不要(ノーコードあるいはローコードと呼ばれます)でソフトウェアが開発できるツールがあります。これらは生成AIと連携することで手作りソフトウェアの持つ欠点をカバーできる可能性があります。

こうした状況で日本企業の本社にはどのような打ち手が考えられるでしょうか。一つの現実的なアプローチは日本と海外の分割です(二極体制)。日本本社は国内事情に合わせて今までの路線を継続し、海外は標準ERPを基盤としたシステムを利用します。世界の子会社を特性に応じていくつかのグループまたはリージョンに分割し、グループ本社が各グループの標準ERPシステムを構築展開することもあります(多極体制)。判断のベースになるのはマーケット応答性と製品・サービスの供給体制をどのように担保するかだと言えるでしょう。ERP利用を含むIT戦略は経営戦略と切り離せません。どの企業にも当てはまる解決策はなく、自社の戦略を明確にすることが求められます。