(23) ERPシステムの進化と日系企業の選択肢 その1
(1)ERPの出現と米国企業の得たアドバンテージ
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が流行語になってしばらく経ちます。日本では国や産業界を挙げてDX推進が叫ばれていて、DXこそが日本企業再興の切り札だというイメージが先行しているようです。しかしながら、その中身は脱メインフレーム、コラボレーションツール導入、業務システムの統合など米国企業と比べると周回遅れのケースもあるようです。その理由の一つとして、米国では当たり前に使われているERP(エンタープライズ・リソース・プランニング:統合ソフトウェアパッケージ)の利用の遅れがあるのではないでしょうか。これは日本の本社だけではなく、日本企業の海外子会社においてもしばしば見られる現象です。
なぜERPが生まれたのか
IBMが企業向けの汎用コンピューターを発表したのは今から60年前の1964年です。汎用コンピューターを導入した企業は、自社で使う業務ソフトウェア(アプリケーション)を自前で開発しました。その結果業務の自動化は進みましたが、業務ごとにばらばらなアプリケーションが乱立して業務間の連携が複雑になりました(サイロ化)。その結果、アプリケーションの維持管理に多くのIT要員が必要になり投資対効果が低くなりました。ERPはこうした課題に対応するために90年代になって登場しました。アプリケーションの開発はSAPやオラクルのようなソフトウェア専業メーカーが引き受け、ユーザー企業はそれを購入して利用します。多くの企業で開発コストを分担するので最新のアプリケーションが割安に利用できる仕組みです。さらに統一した設計思想のおかげで業務間の連携も容易になり、しかも業務システムと経理システムが自動連係するので、経営者は自社の経営状況をほぼリアルタイムで把握することができるようになりました。ERPが経営者のためのシステムと言われるのはこのためです。
ERPの種類
大企業で使われるERPとしてはドイツのSAP社と米国のオラクル社の製品が最も広く使用されています。どちらも歴史が長く機能も豊富です。日本の大手企業ではSAP製品が一番普及しています。SAP社とオラクル社は中小企業向けに別のERPシステムを販売していますが、中小企業向けERP市場ではこれらに加えてマイクロソフト、Sage、Inforなど多くのメーカーが競合しています。定番のSAPとオラクル以外のERPの評価はユーザー企業の業務要件、導入ベンダーのサポート、拡張機能など多くの要素に依存し簡単ではありません。これは以下に述べる課題点の一つです。
課題点
米国企業では常識になったERPですが、もちろん課題点もあります。昔に比べて簡単になったとは言え、ERPの導入プロジェクトは数年間に渡り多くの社員の参加と外部の専門家の力を必要とします。ERPメーカーは市場の要件に応えるために数年毎に大規模な仕様変更をしますが、その対応にも多くの労力がかかります。投資対効果が高い新世代のERPシステムも登場していますが、異なるERPへの乗り換えにはリスクもあるため、多くのユーザー企業は長期に渡って一つのERPベンダーに囲い込まれることになります。グローバルな大企業であればSAPやオラクルの持つ高度な機能を必要とするかも知れませんが、それ以外の企業であれば中小企業向けのERPも選択肢に入るでしょう。テクノロジーの進化に連れて、クラウドベースの新しい設計思想に基づいた低コストERPが出現しています。そうした後発メーカーは差別化戦略としてインダストリーに特化したり特定のアプリケーションに強みを持っています。そのためERPの導入や変更を検討するユーザー企業は以前より難しい判断を迫られています。
ERPで米国企業の得たアドバンテージ
2000年ぐらいまでに米国ではERPはほとんどの企業で使われるようになりました。その理由には企業の入退場が激しくシステム刷新の機会が頻繁にあること、高い離職率への対応策としてERPが支援する業界標準プロセスの導入が望まれること、早くからERP導入のノウハウが蓄積しリスクが低いことなどが挙げられます。ERPの普及によって米国企業はより高度なIT利用のための基礎体力を得たと言えるでしょう。社内のIT人材はルーチン業務システムの保守から解放され、より先進的な企業間のサプライチェーン連携やEコマースなどの開発に注力できるようになりました。標準化したシステムと業務はM&A後における事業統合のスピードアップに貢献します。情報セキュリティや内部統制においてもERPは優位性を持っています。
さらにERP導入で副産物的に米国の経営者に根付いた考え方は、競争優位性に基づいた社内業務の仕分けです。差別化に重要でない業務はベンダーが提供する標準プロセスでまかなったり、システムごとアウトソースすることで低コスト化を図ります。そうしてセーブした資源を製品開発やブランド構築など差別化に重要な活動に集中投資します。米国で事業を展開する日本企業の子会社はこうした米国企業と競争していることを念頭に置く必要があると思います。競合や業界の動きを分析したうえで、自社のIT戦略を策定する必要があります。